眠教授の午後 ワールドカップアジア最終予選編

サッカー2006年ワールドカップドイツ大会アジア最終予選B組初戦の
 日本北朝鮮は2005年2月9日、さいたま市埼玉スタジアムに5万
 9399人の観衆を集めて行われ、日本は後半のロスタイム中に大黒将志
 が決勝点を決めて2-1で辛勝した。

さて。お昼のワイドショー(出演者は、司会・アシスタント・ゲストの眠教授)
 いつもの如く、司会の彼は、つい、眠教授に話題を振ってしまうのであった。

司「いやぁ、それにしても、見事な勝利でしたね。最後まではらはらしましたが」
ア「昨夜の試合の最大瞬間視聴率は57.7パーセントだったそうですね」
司「日本中が注目した試合でしたね。眠教授、いかがでしたか?」
眠「哀しかったですね」
司「哀しかった?あっ、教授はもしかして、北朝鮮の方を応援されていたのですか?」
眠「いえ・・・特にどちらを応援というわけではありませんでした。ただ、私もサッカ
 ーを見るのは好きなものですから、ワールドカップでも日本が出場を決めて見るこ
 とができれば、それはうれしいです。ただ、北朝鮮の選手や、報道の状況を見て
 いると、哀しくなります。勝っても負けても哀しい試合ですね」
司「でも、大黒がロスタイムでゴールを決めたときは、やっぱり歓声を上げられたんで
 はないですか?」
眠「歓声?ああ・・・上げられなかったですね。選手たちがかわいそうでした。北朝鮮
 の選手たちは、サッカーの悦びよりもなによりも国の名誉・・・いや、金正日
 名誉のためだけに戦っている。確か、北朝鮮でもテレビ放映されていなかったそ
 うですね」
ア「はい。取材によると、昨日は旧正月のお祝い行事番組ばかりで、試合の中継もな
 ければ、試合の前に今日、試合があるということも報道されなかったようです」
眠「負ければ不名誉になりますからね。金正日の。しかし、もし北朝鮮が日本に勝っ
 ていたら、その結果は大々的に報道されていたことでしょう。勝てば将軍様の名
 誉、負ければ当事者の粛正。哀れなことです。北朝鮮の人たちの地元にはサポー
 ターがいなかったんです。あれは、サッカーでしょうか?」
司「しかし、日本にいる在日朝鮮人の人たちは、随分、北朝鮮選手団にとって力強い
 サポーターになってくれていたんではないですか?」
眠「ああ・・・あれも、実に哀しい光景でしたね」
司「えっ?」
眠「試合の前に、在日朝鮮人の方や日本で働いている韓国、朝鮮人の方々のいらっしゃ
 る所にテレビ局のインタビューが行っていましたね。そして、必ず質問していまし
 た。『どちらを応援しますか?』・・・あれは、踏み絵でしょう」
司「踏み絵?」
眠「例えば、海外に日系人の人がいて、あるスポーツで地元と日本との試合があった時
 『どちらを応援しますか?』と質問をする場合、その質問の意図は、『あなたはま
 だ日本人ですか?それとも、もうすでに、我が国の人間になっていますか?』と
 いうことです。これは、踏み絵ですね」
司「そこまで深い意図があったんでしょうか?単に聞いただけでは?」
眠「ただ何となく聞いただけだとしたら、なんと無神経な質問でしょう。そんな質問、
 答えにくいに決まっているじゃないですか。在日朝鮮人、韓国人の二世、三世と
 言えば、日本で生まれ育ち、もう、母国の言葉もしゃべれない人がほとんどでし
 ょう。しかし、自分の国籍が朝鮮半島にあり、ルーツがその地にあるということ
 は、やはり強く意識するところです。しかし、日本という国は、日本人が一体で
 あるという意識が強い。『寿司を食べたこと、ありますか?』『箸は使えますか?』
 『日本語がおじょうずですね』・・・踏み絵の一つです。『どちらを応援しますか』
 という質問を受けた在日朝鮮人の人や大久保のコリアンタウンで働いている人た
 ちの多くは、『どちらも応援したいけど、やはり、北朝鮮かな』という感じで、苦
 しそうに答えていました。心から、『もちろん、北朝鮮を応援しています』とは言
 えないんですよ。言いたくっても、言うことができない。それは、ここが日本だか
 らです」
ア「・・・ああ・・・しかし、これで・・・これをきっかけに、日本と北朝鮮の人た
 ちとの交流が深まっていけばいいですね」
眠「交流?交流ができるわけないでしょう。今回の北朝鮮の選手団も日本の地を観光
 することもなく、今日、早々帰国です。かわいそうに・・・問題は、拉致問題
 す」
司「ああ・・・日本と北朝鮮との間には、やはり、拉致問題が大きく横たわっていま
 すからね」
眠「いえ、その拉致問題ではありません。問題は、北朝鮮に住む朝鮮民族の人たちが、
 朝鮮民主主義人民共和国という名の絶対王制国家に拉致されているという、そち
 らの拉致問題です」
司「ええと・・・それは、どういうことでしょうか?」
眠「北朝鮮とは、金日成から金正日へと世襲で伝わる絶対王制国家ですよね。決して、
 社会主義国家ではない。もっとも、厳密に言えば、理念に忠実な社会主義、共産
 主義国家は、結局、歴史上存在しなかったでしょうが。この絶対王制国家は、さ
 らに、その国の人民の基本的人権を著しく侵害し、思想統制し、国家レベルで洗
 脳を行っている。これは、北朝鮮という朝鮮半島の北半分の地域に、人民を囲い
 込み、金正日及びその取り巻きの政府首脳部や軍部に奴隷として奉仕させられて
 いるに等しい。旧ソ連ソルジェニーツィンが『収容所群島』と呼んだ状況と同
 じことが、あの国では行われている。『収容所半島』と言っていいかな。もっとも、
 一人の血流による世襲ということでは、ソ連よりタチが悪いかもしれませんが」
司「で、でも・・・このようなスポーツによる民間交流で少しずつ状況が変化するか
 もしれませんし、また、最近は、韓国でも太陽政策など、融和的な政策を採ろう
 としていますし、これから徐々に変わるんではないでしょうか?」
眠「私は、太陽政策というのが、よくわからないんです。確かに、同じ民族で対立す
 るよりも、融和政策をとっていった方がいいという気持ちはわかる。また、実際、
 戦争状態に突入した場合、ソウルのあの位置からして、大変な状況が生まれる。
 それは、わかります。しかし、問題は、一部の人間に奴隷として酷使されるため
 に、同胞が拉致されているというこの状況です。その奴隷制国家の政権を応援し
 たり支持するということは、その政策自体を支持することにならないでしょうか。
 例えば、1936年のベルリンオリンピックの場合、国外に住むドイツ人がドイツ
 の勝利を祝うということは、結果的にヒトラー政権を支持することになるわけで
 す。ですから、本当にドイツを愛するドイツ人であれば、むしろ、ドイツの敗北
 を願うべきではなかったかと、私は思うのです」
司「しかし・・・心情的には、同じ民族を応援する気持ちはわかりませんか?」
眠「わかります。心情的には。しかし、そこであえて気持ちを強くして、金正日独裁
 体制が続く限りは、応援しないというのが、本当に同じ民族で連帯するというこ
 となのではないかと思うのです」
ア「ああ・・・しかし、しかし、試合が終わった後の、日本と北朝鮮選手たちとの握
 手を見ていると、スポーツってほんとにいいもんだなぁって、思いましたね」
眠「あれは、スポーツだったんですか?」
司「あっ・・・それでは、ここで、CMです」