NHK大河ドラマの真実(笑)

その日、若手の脚本家Mは、NHK編成局長の元に呼ばれた。
彼は、来々期の大河ドラマの脚本家に選ばれたのだった。
まだ、そんなに実績のない彼であったが、大いに意気込み、企画案などをまとめ、NHKの方に提出していた。
そして今回は、その企画書を元にしての打ち合わせがあるということになっていた。

Mは、局長室のドアをノックした。
大河ドラマの草創期から関わり、実質的に大河ドラマの最終方針を決めると言われる男、Kがそこにはいた。
応接椅子に座り、Mを待っていた。
簡単な挨拶のあと、MはKの前に座った。
局との打ち合わせなど、何十回も重ねてきたMであったが、さすがに今回は、少し緊張していた。

K「おめでとう。NHK大河ドラマの脚本を手掛けると言うことは、君も一流の脚本家の仲間入りというわけだ。まずはおめでとうと言わせてもらうよ」
M「ありがとうございます」
K「もう、プロットとか書き始めているのかね?」
M「はい」
K「どのようなものになりそうかね。企画書を元に書いた君の意見書は読ませてもらったが・・・・」
M「はい。提出しました書面でも私が書いておりましたように、これまでも大河ドラマでは戦場の残酷さ、死の恐怖、非情さというものがあまり描かれていなかったように思うのです・・・・あっ、失礼ながら・・・・」
K「いいよ。私もその通りだと思う」
M「それで、今回はまた、信長が主人公と言うことですので、その残酷なまでの性格の偏狭さ。そして、戦国という時代のリアルさを描ければと思うのですが・・・・」
K「・・・・」
M「・・・・いかがでしょうか?」
K「君の意図はよくわかる。私も確かに大河ドラマがマンネリになってきているというのは感じている。だから、思う存分、面白い斬新なドラマを書いて欲しい。・・・・ただ、一つだけ、心に留めておいて欲しいことがあるんだ。これは、極秘事項として君の胸の内にだけ止めておいてもらいたいんだが・・・・」
M「極秘事項?」
K「何をどのように書いてもいい。場合によってはどこぞの映画や何やらから盗作をしてもいい。ただ、これだけは大事なこと。よく肝に銘じておきたまえ。・・・・主人公は『平和主義者』なのだ」
M「平和主義者?」
K「そう・・・・平和主義者だ」
M「あっ、あの・・・・それはどういうことでしょうか?」
K「主人公はあくまでも平和を目指すんだ。いくさは悪いこと。人を殺すのは悪いことだ。まわりはさておき、主人公は平和な世の中という理想を目指している。そのように描く。これは、長年、大河ドラマに極秘事項として伝わる縛り、枷、なのだ」
M「えっ、あの、しかし今回は信長が・・・・あの信長が主人公なのですが」
K「彼は、天下布武という理想を描いていた。史実にもあるとおりだ。彼は一刻も早く天下を統一して全ての民がいくさのない平和な世を迎えられるよう、そう思ってあえて、残酷な戦いも行ってきたわけだ」
M「あの・・・・しかし、彼の言動や行動を見ていますと、到底そのような・・・・それにそもそもあの頃の武将たちがそのような平和な世という理想を描いていたとは歴史的なメンタリティとして思えないのですが・・・・そもそもそのような発想がないでしょうし・・・・むしろ、自分や領民などを守り本領を安堵するということが精一杯で」
K「そこだよ。そこ。その民を守りたいという気持ちが拡大して天下統一への原動力となったわけだね。世の中を平和にする。信長は志半ばに倒れたが、その志は、秀吉が継いでくれた」
M「しかし、その秀吉は、朝鮮半島に対して、しなくてもいいいくさを仕掛けに行くわけですよ」
K「それは、世界の恒久的な平和のためだ」
M「朝鮮の人が聞いたらまじで怒りますよ」
K「あるいは秀吉は平和を願っていたが、石田三成などの側近たちが秀吉に黙って無理矢理に起こしたのだろうな」
M「三成が主人公でドラマを作った時はどうするんです?」
K「もちろん、秀吉が朝鮮へと出兵するのを必死に止めるという三成を描かなければいけない」
M「そんな無茶な」
K「ええい・・・・そんなことは、どうでもいいんだ。とにかく、主人公は戦争はいけないという高い理想を持った平和主義者。わかったな」
M「ひょっとして、今、やっている『武蔵』も、まさかそんな展開になるんじゃないでしょうね」
K「もちろんそうだとも。戦うことのむなしさを悟った武蔵は、そのあと、書画などの文化の面、美しいものに惹かれていく。巌流島の戦いの後にな」
M「でも、のちに晩年近く、武蔵は島原の乱にも参戦していますよ」
K「それは、一族子孫の行く末の安泰のために、心ならずもいやいや参戦するわけだよ」
M「そんなバカな。・・・・あっ!それで、ここのとこ大河ドラマが無茶苦茶な展開してたんですか?文化を後世に残すためと言って平泉を無血開城する藤原泰衛とか、モンゴル兵が嵐にあったら助ける元寇の時の鎌倉武士たちとか」
K「無茶苦茶とは何だ。無茶苦茶とは。えーい、君はもう首だ。今度の大河ドラマの脚本は降りてもらう。二度と天下のNHKでは仕事ができないからそう思え!」
M「わかりました。そんなもの、こちらから降ろさせてもらいます。ところで、最後にお聞きしたいんですが、あなたはばりばりの平和主義者。あるいは左翼主義者で、その理想からこのような方針を押し進めているのですか?」
K「平和主義?左翼?ははははは・・・・バカな。私はばりばりの国粋主義者で、軍を増強し一刻も早く米英や支那に対抗できるだけの自前の軍隊を持つべきだと思っているよ。もちろん米帝の作った国辱的な自虐的憲法も改正してね」
M「それじゃあ、なぜ・・・・」
K「なぜって、君も物書きのくせに頭がまわらんなぁ。わからんかね?・・・・平和主義ってものがどんなに絵空事か、国民ドラマの大河ドラマを見ていて、よーくわかるだろう。現実と遊離するほどね。それが、私の狙いなのだよ。そしてそれは、やっとここのところ、実を結んできたがね。もう今や、国民は平和主義がいかに空論かよくわかってきている。そのような流れを産み出す一翼を担えたのは、マスメディアに携わる人間として、私は、うれしい限りだよ」

M「・・・・」

それから30年・・・・MにはNHKからの仕事の依頼は一度もなかった。